サーフィン

40年前に生見サーフィンビーチで車中泊した時のお話

Pocket

Elena MullagaleevaによるPixabayからの画像

 

こんにちは!関西在住 現役スイマーでサーファーでもあるlogiです。

 

近畿圏のサーファーなら高知県にある生見サーフィンビーチはご存じでしょう。

 

サーフィン大会なども頻繁に行われているサーフィンのメッカです。

 

ビーチの前には民宿やペンションが立ち並び大変賑やかなポイントとなっています。

 

今回はその生見サーフィンビーチで40年前に車中泊した時のお話です。

 

ジジィの思い出話なので興味の無い方はご退場ください。(笑)

 

【生見サーフィンビーチ】

生見サーフィンビーチは高知県安芸郡東洋町にあります。

現在、車で大阪からなら淡路島を経由して約4時間強でたどり着きます。

 

しかし、今回の記事は40年前のお話なのでこうはいきません。(笑)

 

まず、明石海峡大橋もさることながら大鳴門橋すらなかった時代です。

 

◊ 大鳴門橋

大鳴門橋(おおなるときょう)は、兵庫県の南あわじ市福良丙 (淡路島門崎)と徳島県の鳴門市鳴門町土佐泊浦(大毛島孫崎)間の鳴門海峡の最狭部を結ぶ吊り橋。1985年(昭和60年)6月8日に開通した。

引用:ウィキペディア(Wikipedia)より

◊ 明石海峡大橋

1970年(昭和45年)に本州四国連絡橋公団が設立され、本州と四国をつなぐ本州四国連絡橋のひとつとして、建設費に約5000億円(当時)を投じて1998年(平成10年)神戸・鳴門ルートの明石海峡に架けられた。

引用:ウィキペディア(Wikipedia)より

【交通手段】

 

40年前(1980年)私は16歳でした。

当然、車の免許は持っていません。

当時は近所の大学生の先輩の所有するコロバン(トヨタ コロナのライトバン)に便乗して連れて行ってもらいました。👇 こんな感じの車です。

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

dogs.barking.duster.rolling(@headlightwipers)がシェアした投稿

当時はこの様なライトバンをカスタムするのが流行っていました。

 

そして、大阪から四国へ渡る手段と言えばフェリーでした。

 

一番利用することが多かったのは、和歌山港と徳島港を結ぶフェリーでした。

 

◊ 南海フェリー

 

当時のフェリーでは一番リーズナブルであった南海フェリーをよく利用していました。

 

現在は廃業してしまいましたが徳島の小松島港と大阪南港を結ぶ小松島フェリーもありました。

小松島フェリー(こまつじまフェリー)は、かつて大阪府の大阪南港から徳島県の小松島港を結んでいたフェリー航路である。共同汽船(現在は廃業)が運航していた。

引用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

◊ 室戸汽船

 

当時は、まだ学生で、お金が無かったのであまり利用しませんでしたが、大阪南港から甲浦港まで行ける室戸汽船もありました。

甲浦港でフェリーから下船したら生見海岸までは、すぐだったのでめっちゃ楽でした。

室戸汽船(むろときせん)は、かつて大阪府大阪市の大阪南港(元は東神戸フェリーセンター)から高知県東洋町の甲浦港を経由して高知県土佐清水市のあしずり港を結ぶ航路を運航していた海運会社。本社は高知県室戸市に置いていた。

東洋町が第三セクターによる新会社『高知シーライン』を設立し1998年4月から航路を引き継いだが、2001年12月9日をもって航路休止。その後、航路廃止となる。

引用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

当時、四国は遠く感じました。 でも旅感あって逆に良かった気もします。

室戸汽船 復活しないかなぁ (笑)

 

【生見海岸で車中泊】

 

この様にして高知県の生見海岸までたどり着いて初めて目の当たりにした光景は、未だに忘れません。

 

美しすぎる海岸、誰もいない空いた海。

 

現在では民宿やペンションが立ち並んでいるビーチ前には、建物なんて全く無く、ただの空き地でした。

写真が無いのでイメージ図

ヘタクソな絵でごめんなさい。

 

こんな情景でした。(伝わるかなぁ💦)

 

四国はお遍路さんの需要があるので、当時も近くに民宿はありました。

 

車の中でくつろいでいると、近くの民宿のおばちゃんが

 

“ 素泊まり○○円にしとくで ” ってやって来ました。(笑)

 

でも、お金を節約しないといけないので車中泊です。

 

現在では、車中泊と言うと、ひとつのレジャーのようになっていますが、その当時はライトバンの窓やリアのドアも開けっぴろげにして、蚊取り線香をいっぱい焚いて雑魚寝していました。(それでも蚊にいっぱい刺されました)



 

【ムーンライトサーファー】

 

そして当時流行っていた石川セリムーンライトサーファー

潮の香に~ ♪

この曲を真似て月明かりで夜のサーフィンとかやっていました。

 

夜光虫ってご存じでしょうか?

ヤコウチュウ(夜光虫、Noctiluca scintillans)は、海洋性のプランクトン。大発生すると夜に光り輝いて見える。

ヤコウチュウは物理的な刺激に応答して光る特徴があるため、波打ち際で特に明るく光る様子を見る事ができる。または、ヤコウチュウのいる水面に石を投げても発光を促すことが可能である。

引用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

夜の海でパドルアウトして行く時に、この夜光虫が刺激されて水しぶきが蛍光色に光るのです。

あの幻想的な夜は40年たった今でも忘れられません。

クリエイター:シロップさん

【まとめ】

はい。今回は40年前の生見海岸での車中泊の思い出話をしました。

40年前って四国はフェリーでしか行けなかったんですね。

そして今とは全然違う風景が広がっていました。

混雑もなく、随分遠くまで来たもんだって気がしていました。

まだ初心者だったので、どの様なサーフィンをしたのかよく覚えていませんけど(笑)

もし、生見サーフィンビーチでサーフィンする機会があればちょっとこの話を思い出してくださいね。

 

近頃では、車中泊のマナーや、道の駅での車中泊などが問題になったり、YouTubeなどで議論されたりしています。

 

色々と便利な道具が出てきて、普通に車で生活できるくらいになってきました。

そのお陰か車中泊を楽しむ方も随分多くなりました。

キャンプや車中泊、防災の備えにも。ポータブル電源「エナーボックス」

やはりひとりひとりがマナーを守り、車中泊のルールを明確にしていかないといけない時代になったのかもしれませんね。

 

関連:国府の浜に存在した幻のグーフィー

 

Follow me!

投稿者

logilogino1@yahoo.co.jp

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

PAGE TOP